大学病院のパワハラ問題が浮き彫りにした〝医局の人事権〟
「裏切ったら県内で働けると思うなよ」
2025年7月1日(火) 20:28 熊本放送
2025年5月、熊本大学は特定の医師に診療をさせないよう外部の病院に要請するなどのパワーハラスメント行為があったとして、50代の教授2人を戒告の懲戒処分としました。
被害を受けた男性医師や関係者がその実態を語りました。
教授とみられる人物の音声「とりあえず◆◆(男性医師)はうちをクビにしていますので、きのうそういう(医局を辞める)話をしに来たので、バカモンと言って一旦こっちから絶交を突きつけていますから」
これは2023年12月、熊本大学・大学院の生命科学研究部に所属する50代の教授が、熊本市内の民間病院に電話をかけた時のものとされる音声です。
教授とみられる人物は、病院に対し、自分の元を離れて病院に就職しようとしていた男性医師を雇わないよう求めています。
教授とみられる人物の音声「熊本の★★(診療科)で僕の目の黒いうちにそういうことはありえないということを本人が理解できればいいので」
当時、大学院生だった男性医師は、病院から電話の内容を知らされたことをきっかけに適応障害を発症し、大学院を退学しました。
被害をうけた男性医師「あと1週間行っていたら博士号も取れたけど行けなくなってしまった。4年間を完全に棒に振ったという感じ。悔しい、憤り、どちらもある」
なぜ教授は、それほど強い権限を持っているのか
医療関係者によりますと、多くの大学病院には診療科ごとに医師たちが所属する「医局」と呼ばれる組織があります。そのトップに立つ教授は人事権を持ち、民間病院への医師の派遣などに強い影響力があるとされています。
パワハラを受けた男性医師も医局に所属していましたが、大学院卒業後は医局をやめて民間病院への就職を希望していました。
男性医師は、当初、就職が認められなかったのは、自ら就職先を探そうとしたことが原因だと考えています。
被害をうけた男性医師「本来は医局から「お前はここに行け」と人を派遣する病院の引き抜きと教授に勘違いされた」
パワハラ行為から約5か月後、男性医師が就職した病院の幹部は、当初すぐに雇えなかった理由をこう説明します。
男性医師が勤務する病院の幹部「円満だと確認せずに無理矢理雇えば、協力関係が悪くなることは容易に想像できる。例えば人事が回らないとか」
■記者解説
――もともとの医局の目的は?
記者「複数の医師によりますと、県内の病院の多くは大学の医局から派遣される医師によって成り立っていると。そのため病院側は医局との関係が悪化し、医師の確保に支障が出ることを恐れて、良好な関係を維持しようとするそうです。病院から医局に対して研究費の寄付が行われるのもその一環とされます」
医療関係者に取材を進めると、医局と民間病院とのいびつな力関係や地域医療が抱える課題が見えてきました。
医局に所属する男性医師「医局に所属していると自分の判断では就職先を決められない。県内の都合や教授の意向でいろんなところに行かされる」
現在も医局に所属する男性医師は、医局にいることで大学病院や他の病院で経験を積むことができるメリットがある反面、その見返りとして“恩返し”の慣習があると話します。
医局に所属する男性医師「専門医の資格を取った後は、大学のおかげで専門医が取れたんだから、すぐやめるのではなくてずっと医局で尽くしなさいというのが一般的な習わしになっている」
この「習わし」を医師や病院が破ったことによるトラブルは、過去にもあったということです。
医局に所属する男性医師「2つの病院が教授の言うことを無視して勝手に就職させた。その時に関連病院を外されて、それまでは毎年医局員が派遣されていたのに、それがまったくなくなって大学との縁が切れてしまった」
こうした例もあり、医師や病院は教授の指示に従わざるを得ないといいます。
医局に所属する男性医師「裏切る病院もまずないし、裏切ると県内どこの病院でも働けなくなってしまう。『医局をやめたら県内で働けると思うなよ』というのが常套句」
このような医局事情について、日本病院会の東謙二熊本支部長は、時代とともに「医師の職業選択の自由」と「地域医療の維持」のバランスを保つことが難しくなってきていると指摘します。
日本病院会 東謙二熊本支部長「もちろん個人の自由や希望は叶えないといけない。ただ一方で、僻地の治療を医局が支えているというのも現実」
東支部長は「医学部入学の段階で都市部以外で働く意思がある人の枠を設ける」など、対策が必要だと考えています。
日本病院会 東謙二熊本支部長「条件を最初の段階で言っておくべきではないかと。そうしていくことで人材の偏りをどうにか避けられるのかなと」
医局をめぐっては地域医療を維持するために、人事権がある医局が一定数の医師を確保しておく必要があるという現実もあって、難しい問題となっています。
RKK熊本放送は熊本大学に教授への取材を申し込みましたが、大学側は「プライバシー保護の観点から教授の名前などを公表していないため、個別の取材には応じられない」としています。
《カウンセラー松川のコメント》
拙ブログ5月23日付け記事
「Mメンタルサポート」 ブログ出張版: ▼「絶交しています」…熊本大学大学院の教授2人がハラスメント行為で懲戒処分
これの続報です。
大学医学部で医師を擁する「医局」、医師が必要な「医療機関」。
ある意味で車の両輪とも言えるでしょう。
どんな組織でも仕切りをする者は必要です。
医局なら仕切り役は教授なのでしょう。
そして医師も人の子ですから、就職先の希望があって当然です。
医療機関にしても、同様です。
しかし、皆の希望を叶えられる訳ではなければ、
そうなると教授が仕切るしかありません。
医師と医療機関の双方が抜け駆けをしての採用が横行したら、
収拾がつかなくなる可能性もあります。
就職の自由も大切ですが、日本国内で遍く医師を配置すると共に、
大学や附属病院への配置も必要でしょう。
大学院卒業後は医局をやめて民間病院への就職を希望していたのならば、
教授にそのことをきちんと説明をして
「病院の引き抜き」と教授に勘違いされない様にするべきだったとも思います。
「人は独りでは生きていけない」社会に出れば、それに直面します。
医局のお陰で経験を積めたならば、その医局に対してのお礼も当然でしょう。
悪事を正すことは大切ですが、清濁併せ呑むことも時には必要です。