「あの人は特別」で黙認された上司 パワハラと言い出せずに退職
2026年4月7日(火) 11:01 朝日新聞(染田屋竜太)
上司は、広告業界で手腕を振るう実力者だった。「自分を成長させるため」と荒い言葉にも耐え続けた。その先に待っていたのは、限界だった。
30代の女性は、クリエーティブで誰かの役に立つ仕事にあこがれ、広告代理店に入社した。広告をつくると、自分が世の中に認めてもらえたように感じ、楽しくなった。
「もっと多くの人に届く仕事がしたい」。数年後、東京の広告代理店への転職が決まった。
テレビのCMや芸能人を使った広告……。新たに味わう仕事は充実していた。「広告の仕事でずっと生きていけたら」と思った。
職場の直属の上司は、10歳ほど年上の男性だった。社内外で受賞したこともあった。「あの人が行くと、どのクライアントも話を聞いてくれる」と評判だった。「お客様第一」で、むちゃな要求をされても実現のために力を尽くした。
しかし、一緒の仕事を重ねるにつれて、部下に対する別の顔も知ることになった。
「何で俺の言うことがわからないんだ」「できないやつらのために時間を使ってやってるんだ」
日常的に繰り返される言葉。それでも「自分を成長させるため」とじっと耐えた。
上司が育児休暇を取得中、女性はある商品の宣伝を担当していた。コピーを考えてはクライアントに提案したが、なかなか合意をもらえない。そんな中で上司が復帰した。
社内会議の場で、上司が女性に言った。
「お前の(コピー)は全部うそだ。子どもを産んだことのない人に、親の気持ちはわからない」
ぼうぜんとして固まっていると、上司は女性のノートパソコンをひったくるようにとって、別の社員とコピーを練り始めた。その社員は、2児の母だった。
会議後、怒りで震えた。パワハラを会社に訴えようかとも思った。だが、「上司の家庭を壊してしまうかも」と想像すると、行動できなかった。
■「賞を取らせてやる」同僚は何人も辞めた
女性はこのときはまだ20代。「独身で家庭の大変さがわからない自分の方が悪いのか」とまで考えていた。
上司は「この世界では賞を取らないとだめだ」「賞を取らせてやるから俺ともっと仕事をしろ」と言った。
女性は、あこがれていた広告の仕事で、自分の関わった商品が売れることが喜びだった。自分の「ギラギラ感のなさ」に、上司は不満だったのかもしれない。
この上司の下で、何人も辞めていった。ひどいことを言われると「大変だね」と声をかけてくれる同僚はいたが、それ以上行動を起こす人はいなかった。
上司より上の立場の人に相談したこともあったが、「あの人は特別だから……」と言葉を濁した。誰も注意できなかった。
そんな日が続く中、女性は小さな抵抗をしてみた。上司と社の幹部が同席する打ち合わせで「この前(上司に)企画が駄目だと言われたので考えてきました」「プレゼンで『お前のしゃべり方が駄目だ』と言われたので、練習してきました」などと話した。
すると、幹部は「そんなことを言われたんですか」「チームの問題なのに、個人になすりつけてはいけませんね」と口にした。
だが、上司の言動は変わらず、会社が具体的な措置をとることもなかった。
「もう限界だ」――。退職を決めた。
結局、会社にパワハラの申し立てはしなかった。「言っても変わらない」という気持ちより、部下を踏み台にするような上司が重宝される広告業界自体が、あこがれではなくなっていた。
今はメーカーに勤める。以前と逆のクライアント側で働いてもやりがいは感じられると気づいた。
上司はその後、さらに出世したと聞いた。納得はできないが、「実力次第の広告業界ならそうなのかな」とも思う。
自分のような被害者は出てほしくない。でも今は「目の前の仕事に必死で、当時の上司がどうなっても、あまり興味はない」。(染田屋竜太)
■パワハラ上司の放置 職場のためにもならず
出産未経験を指摘され、激しい言葉を浴びせられる。それを知っていながら「あの人は特別だから」と組織は黙認する。
厚生労働省厚生労働省が2023年度に全国の企業・団体に勤務する20~64歳の男女労働者8千人を対象に行った調査では、勤務先がパワハラを認識した後、対応として「特に何もしなかった」と答えた人が53.2%で過半数を占めた。
この調査でパワハラを受けたと回答した1546人のうち、68.5%が「怒りや不満、不安などを感じた」、61.1%が「仕事に対する意欲が減退した」と答え、14.9%が「会社を退職した」と答えた。
佐賀大学の小林百雲子(ももこ)・准教授は「目先の利益だけで判断するのではなく、職場全体への影響を踏まえて、行為者への適切な指導や再発防止に取り組むことが重要だ」と話す。
小林氏らが2015年、九州の企業や自治体の就労者515名を対象にした調査では、過去6カ月でパワハラ体験が「ある」と答えた人は職場の信頼性や協調性を示す指数が低く、ハラスメント行為がネガティブな影響を職場に与えていたことがわかったという。
小林氏は「長期的に見れば問題の行為を放置することが、他の社員のモチベーション低下や健康被害につながりかねない」と警告する。
小林氏らは2022年、製薬会社の管理職にパワハラ防止などの1日5時間のプログラムを実施した。すると、パワハラ被害を受けなくなった一般職のワーク・エンゲイジメント(仕事への熱意)が有意に向上した。
さらに、プログラムを受けた管理職は「怒り」を自覚する程度が上昇し、自身を客観視する能力も上がったという。小林氏は「エンゲージメントの指標を高めるには、日頃から安心して相談や意見を言える職場をつくるなどの取り組みが欠かせないことをもっと伝えたい」と話す。(染田屋竜太)
○ハラスメントを受けたときの主な相談先
・労働条件相談ほっとライン(0120・811・610) パワハラなど働くことの悩みを相談したいとき。
・総合労働相談コーナー(各都道府県労働局・労働基準監督署内)
・みんなの人権110番(0570・003・110)
・法テラス(日本司法支援センター)(0570・078374)
・こころの耳(https://kokoro.mhlw.go.jp/)
○ハラスメントをしてしまったときの主な相談先
■朝日新聞ではハラスメントに関する情報を受け付けています
《カウンセラー松川のコメント》
民間企業は営利事業者ですから、利益を出すことが究極の目的です。
逆に社内環境が理想的であっても、利益を生み出さない組織となったら、
その組織はいつか破綻。即ち、倒産や解散です。
だから、幹部や管理職とか実績を出し続ける社員の意見は通り易く、
多少の問題ならば企業は目を瞑ります。
それが善ではありませんが、組織防衛の為には綺麗事だけでは無理なのです。
勿論、理想的な上司の下で部下が生き生きと健やかに働き、
売り上げも利益も増え続けるならば、それが最善なのは言うまでもありません。
私も勤め人時代は様々なパワハラに遭っています。
当時はパワハラと感じても、時間の経過等で憎悪が消えることが殆どですが、
今でも許せないパワハラもあります。
しかし、その被害感情だけでは、何も変わらないですし、自分の前進しません。
可能であればダメな職場や自分に合わないと確信が持てる職場ならば、
退職してしまうことです。
無理に頑張って心身を壊しても、誰もそれを完全には補償してくれませんから。
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