「メンバーを外される」…有名バトン指導者から性被害、選手を苦しめる「スポハラ」の病巣
2024年6月2日(日) 19:00 産経新聞(荻野好古)
スポーツの世界は閉ざされた空間になりやすい。中でも指導者と教え子の関係は顕著だ。勝たせたい、勝ちたい、という思いは時に理不尽な「支配と従属」に発展し、刑事事件につながることもある。京都府警は今年4~5月、バトンを使った演技を競うバトントワリングの男子選手(19)への性的暴行容疑などで、元指導者の男(40)を逮捕した。男は世界大会での優勝経験もある実力者で、被害者とも数年間に及ぶ師弟関係にあった。
■指導者の自宅でわいせつ被害
最初の事件は昨年2月、指導者だった男の当時の自宅マンションで起きた。府警によると、男子選手を宿泊させた男は、下半身を触るなどのわいせつ行為に及んだ。
選手にとっては全く予期しなかった出来事。その後も男は繰り返し選手を「食事」に誘った。男と会うことを避けようとしていた選手だったが、執拗(しつよう)な誘いを断り切れず同年3月に、再び男の自宅を訪れた。
選手は部屋の中で男から離れた場所に座ったところ、近くに来るよう指示された。断り切れずにその通りにすると、今度は両手を押しのけられて下着の中に手を入れられ、まさぐられた。数日後、同じように自宅に呼ばれると、抵抗する間もなく体を触られ、あおむけにされて性的暴行を受けたという。
関係者などによると、選手は精神的苦痛を訴えて練習に行けなくなり、予定した大会への出場も逃した。
■マンツーマン指導で抵抗不能に
なぜ選手は男の行為を拒否できなかったのか。府警によると選手は「抵抗すれば指導を受けられなくなったり、大会のメンバーから外されたりするかもしれないとの思いがあった」という趣旨の説明をした。
こうした経緯を踏まえ、府警は5月23日、昨年3月に起きたわいせつ事件について、「準強制性交」と「準強制わいせつ」の疑いでの再逮捕に踏み切った。いずれも、相手が抵抗できないなどの状況に乗じた卑劣な性犯罪だ。
スポーツにおけるハラスメント(スポハラ)の根絶を目指す活動に力を入れる大阪体育大の土屋裕睦(ひろのぶ)教授(スポーツ心理学)は、競技ならではの特性がハラスメントを助長した可能性を指摘する。例えばバトントワリングなどの採点競技では、幼少期からコーチからマンツーマンの指導を受けることが一般的。指導者と選手の間には深い信頼関係が生じるメリットがある半面、「一般論として、懐柔されて理不尽を受け入れてしまったり、信頼していたコーチから加害を受けたことに混乱して拒否できなくなったりするリスクはありうる」(土屋氏)。また被害者側も、ハラスメントに対して拒否したり声を上げたりすることによる指導上の不利益を恐れてしまう傾向があるという。
■指導技術よりも「人間力」育成を
事件を巡っては、統括組織「日本バトン協会」(東京)のずさんな対応も問題視されている。昨年3月に選手の家族が協会に被害を申告したものの、当時の理事長が独断で対応したため、協会として把握するまで3カ月近くを要する事態となった。協会は京都府警の逮捕後、男を永久追放にすると明らかにしているが、土屋氏は「チームや協会だけでなく、スポーツ界全体で(再発防止に)取り組んでいくことが重要だ」と話した。
競技を問わず、スポハラは今もどこかで起きている。根絶に向け「指導者の質の担保と環境整備が必要」と土屋氏。指導技術よりも「人間力」に重点を置いた指導者育成カリキュラムに基づいた資格制や免許制の導入や、オープンな指導環境作りが不可避だとした。
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