2022年12月16日金曜日

パワハラと指導の境界線は? 成績不振の28歳部下を呼び出した…これを言ったらレッドカード!

パワハラと指導の境界線は? 成績不振の28歳部下を呼び出したこれを言ったらレッドカード!

 

2022年12月9日() 7:20 読売新聞

 

産業医・夏目誠の「ストレスとの付き合い方」

 仕事をしていれば、ストレスはつきもの。精神科産業医として45年以上のキャリアを持つ夏目誠さんが、これまで経験してきたケースを基に、ストレスへの気づきとさまざまな対処法を紹介します。

 

 「部下を指導したが、伝わっていない気がします。パワハラにならないように、どう注意をすれば良いのでしょうか?」――。

 

 精神科産業医の仕事のひとつは、社内で行われるストレスチェック検査で「高ストレス状態」と判定されて、面談を希望する社員に対応することです。その中で増えているのが、このような相談です。

 

 通称「パワハラ防止法」と言われる「改正労働施策総合推進法」が20206月に施行され、今年4月には中小企業も対象になりました。パワハラは「優越的な関係を背景とした言動で、業務上必要かつ相当な範囲を超え、就業環境が害されること」と定義されています。さて、どのように指導するとパワハラになり、ならないようにするには何を心がければいいのか考えてみます。

 

営業不振、課長は部下を注意したが手応えなし

 営業課長の田中太郎さん(仮名)は、成績が今ひとつ上がらない28歳の部下、鈴木次郎さん(同)のことが気になっていました。どういう状況なのか聞いてみて、今後の対応について話し合おうと考えて呼び出しました。こんな感じのやり取りだったそうです。

 

田中課長: 鈴木君、営業成績が落ち込んでいるね。もう少し頑張りを期待しているよ。

 

鈴木さん: すいません。交渉が思いのほか、うまくいかないので。

 

田中課長: なぜ?

 

鈴木さん: 契約まで進むのが難しくて。

 

 この間、課長は鈴木さんの顔などを見ずに話しています。

 

田中課長: 「難しい」じゃ話にならないぞ。

 

鈴木さん: 努力しています。

 

厳しい言い方になっていく

田中課長: みんなそれぞれに努力しているよ。

 

 だんだん言い方が厳しくなっていきます。鈴木さんが、うつむいたままで話が進まないことにもイライラしてきました。

 

鈴木さん: 何回も通い続けています。

 

田中課長: 契約にこぎつける戦略は、あるんだよな?

 

鈴木さん: 別の角度からと思っていますが。

 

田中課長: 思うだけではダメなんだ。

 

鈴木さん: ……

 

田中課長: 2人で話し合おうと思って呼んだんだ。

 

鈴木さん: ……

 

田中課長: 話し合おうじゃないか。

 

鈴木さん: はい……

 

田中課長: それだけか?

 

成績不振は本人がよくわかっている

 このやり取りはどうでしょうか。成績が悪いことは鈴木さんだってよくわかっています。呼び出されて上司に強く出られたら、それだけで口を開きにくくなってしまいます。田中課長は鈴木さんの様子にイライラしてきたので、なおさら話は進みません。望ましいコミュニケーションではありませんが、これは、パワハラかと言うと、そうとは言えません。優越的な立場を背景とした物の言い方ではありますが、業務の範囲内の話です。

 

 それでも、一方的にしゃべり、厳しい言い方を繰り返せば、イエローカードです。さらにやり取りの中で、「精神がたるんでいる」「根性なし!」「給料ドロボー」「辞めてしまえ」など精神的な攻撃や人格攻撃の言葉が出たらレッドカードと言えるでしょう。

 

 私が産業医としてかかわる企業の担当部局では、パワハラが疑われる事案が発生すると、関係する両者やその場に居合わせた人から聞き取りをし、産業医や産業看護職、人事担当者、弁護士などを交えた委員会を開き、重要事案では人事担当の役員も加わって、パワハラかどうかを検討し、合議で決定し、対処を考えています。そこでは、ご紹介したような判断をしています。

 

一方通行の指導や注意は効果なし

 田中課長のよくないところは二つあります。第1点は、部下の表情やしぐさなどの行動観察をせずに、自分の思いを話している点です。コミュニケーションは「言語による認知」と、表情や身ぶり手ぶりなどの「非言語的認知」から成り立っています。課長は非言語的認知も含めた部下の観察ができていません。

 

 次に指摘できるのは、会話に必要な双方向性がない点です。一方通行になっているのです。「質問しても黙っているから」と田中課長は言いますが、部下が話をしやすい空気を作るのは、上司の役割です。部下がうつむいたままの状態にしてはいけないのです。

 

指導や注意をするなら、部下の話を聞くことから

 パワハラの事案にかかわっていると、部下の心理に配慮せず、一方通行で話す上司が多いと思います。なぜ、部下の話を聞けないのでしょうか? 「聞くこと」は「話すこと」の数倍も難しいと私は思います。話すだけなら自分のペースで進められますが、聞く場合は相手のペースやリズムに合わせなければいけません。次に、相手が話した後に、「そうか」「そう、それで」「なるほどね」といった、相づちを打つことも必要なのです。相手の話を引き出すようにうまく相づちを打てるようになるには、慣れが必要なのです。

 

 田中課長は指導が部下に伝わっていないことがストレスになって、私のところに相談に来ました。私は、効果的な指導をしたければ、まず、部下の話を「聞く力」を身に付けて下さい、とお話しました。

 

柔らかい空気、相づち、具体的な指導

 田中課長は「聞く力?」とけげんな表情を浮かべました。そこで課長と対話の方法について話し合いました。その後にどのように鈴木さんを指導したのか聞いたので、私のコメントを( )で加えて再現してみます。

 

田中課長: 鈴木さん、最近、営業成績が落ち込んでいますね。気にしていたのですが……。(部下も気にしているはずなので、柔らかい雰囲気で話しましょう)

 

鈴木さん: すいません。担当者との交渉が思いのほかうまくいかなくて。

 

田中課長: そうか。(まず、相づち)

 

鈴木さん: 何回も通って面会しているんですが……

 

田中課長: (話を深めるため、部下の言葉をなぞる)足は運んでいるんだね。

 

鈴木さん: 通うだけではダメなんですかね?

 

田中課長: そう、そこなんだね。(具体的な疑問が出てきたので、対処法のヒントを伝えます。これが具体的な指導です)。今は熱意だけじゃ難しいだろう。僕の経験だと、うちの製品のメリットをどう提示するか、それと相手のニーズを把握する、この二つが大事だと思いますね。

 

鈴木さん: メリットは説明しているんですが、相手のニーズの把握ですか?

 

田中課長: そう、そう。

 

鈴木さん: 価格のことが話題になるので、値段を下げるくらいしか思い浮かばないのですが?

 

田中課長: 価格も大事だが、うちの製品を購入すれば、どのようなメリットを相手に提供できるか、それをきちんと伝えることだね。

 

鈴木さん: メリット探しですね。

 

田中課長: そう、そう。先方のニーズをしっかり把握して、それに応える形でうちのメリットを伝えていく。それに交渉相手の性格だとか価値観、ライフスタイルなども知っておくと、直接関係ないようでいて、対面営業の場合は会話を通して信頼感を持ってもらうヒントになることもありますよ。そんなことも探りながら、交渉に向かってください。

 

鈴木さん: わかりました。

 

田中課長: ほかの会社が相手の場合も、交渉に向かう基本的な考え方は変わらないと思いますよ。

 

 部下の反応を観察しながら、話を聞き、指導は具体的に行うようにしたと言います。鈴木さんは営業方法を改めるヒントがつかめたようです。部下の話を傾聴して、部下が話し出すのを待ちましょう。

 

指導や注意をする時も、対話は双方向的なもの

 パワハラ防止法施行後、私は機会があるたびに、上司の側に部下への注意や指導のやり方を細かく聞いてきました。気づいたのは、上司はただ、自分の希望を伝えさえすれば、部下に伝わっていると錯覚していることです。つまり「優越的な関係を背景にした言動」で伝わるという間違いです。コミュニケーションの基本は双方向的なものです。それは上司と部下であればこそ、上司の側が注意しなければいけません。パワハラの定義を胸に刻んでおいてほしいと思います。

 

夏目誠(なつめ・まこと)

 精神科医、大阪樟蔭女子大名誉教授。長年にわたって企業の産業医として従業員の健康相談や復職支援に取り組み、メンタルヘルスの向上に取り組んでいる。日本産業ストレス学会元理事長。著書に「中高年に効く! メンタル防衛術」「『診断書』を読み解く力をつけろ」「『スマイル仮面』症候群」など。新著は企業の人事や産業医向けの「職場不適応のサイン」ウェブ書籍「メンタル・キーワード療法~5分でできる簡易セラピー」。

「夏目誠の公式ホームページ」「精神科医マコマコちゃんねる - YouTube


《カウンセラー松川のコメント》

この報道はパワハラ事案ではなく、パワハラ防止に関する報道です。
例と同じ状況になる事は少ないでしょうけど、
ここに挙げられている説明には参考となる部分も多々有ると思い、
紹介させて頂きました。
皆様の職場でのパワハラ防止の一助になれば幸いです。

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