2021年10月9日土曜日

セクハラの経済的コストは

セクハラの経済的コストは

 

2021年10月9日(土) 日経電子版(東大教授・山口慎太郎)

 

誰もが働きやすい職場環境を築く上で、ハラスメントの解消は不可欠だ。しかし、長年問題視されながらも後をたたないのがセクハラである。セクハラは被害者に大きな精神的苦痛を与え、心身の健康を損なうだけでなく、企業にも様々な形で損害を及ぼす。

 

企業にとって、セクハラの経済的コストはどれほどのものだろうか。セクハラはその実態を把握することさえ難しいが、定量的な評価を試みた研究から一定の知見が得られている。

 

まず挙げられるのは、被害者の離職から生じるコストだ。新たな人材を採用し、研修を受けさせ、元の人材を穴埋めするには一定の時間と費用がかかる。米国の調査では、セクハラ被害を経験した人の離職意向は、そうでない人に比べて27%も高かった[注1]。

 

また、米陸軍がセクハラの経済的コストを分析したところ、その3分の2が被害者の離職によるものであることがわかった[注2]。さらに、セクハラが社外にも知れ渡ると採用活動にも支障をきたす。人手不足の現代において、セクハラは無視できない損害を企業に及ぼすだろう。

 

セクハラは低生産性とも結び付いている。研究によると、上位30%に位置する優秀な社員のパフォーマンスが、セクハラ被害のために、平均的な水準まで落ちこむほどのインパクトがある[注3]。生産性が下がるのは被害者本人にとどまらない。米飲食業を対象とした分析によると、セクハラが起こる職場では、信頼関係や協力関係が築けず、チームとしての一体感やまとまりを欠く結果、店舗全体の利益が低い傾向がみられた[注4]。

 

この他にも、セクハラは企業の社会的評価を毀損し、他企業との取引や一般消費者への販売にも支障をきたしうる。ESG(環境・社会・企業統治)投資を行う機関投資家はセクハラをガバナンス上の大きなリスクとみなすため、株価にも影響を及ぼすだろう。

 

セクハラを防ぐには、意識改革だけでは不十分だ。セクハラ禁止規定を定めるとともに、報復を恐れずに被害報告できる仕組みを整備しなければならない[注5]。こうした取り組みを実効性あるものにするためには法制度の後ろ盾が必要だ。しかし、日本は先進国で唯一セクハラ行為自体を禁止する法律がない[注6]。

 

職場からセクハラを追放し、人々が安心して働ける環境を築くことは、企業と日本経済の成長にとって不可欠だ。早急な法整備が求められる。

 

※ 出典

[注1Laband DN., Lentz BF. The Effects of Sexual Harassment on Job Satisfaction , Earnings , and Turnover among Female Lawyers. Ind Labor Relations Rev. 1998;51(4):594-607.

[注2Faley RH, Knapp DE, Kustis GA, Dubois CLZ. Estimating the organizational costs of sexual harassment: The case of the U.S. Army. J Bus Psychol. 1999;13(4):461-484. doi:10.1023/a:1022987119277

[注3Willness CR, Steel P, Lee K. A meta-analysis of the antecedents and consequences of workplace sexual harassment. Pers Psychol. 2007;60(1):127-162. doi:10.1111/j.1744-6570.2007.00067.x

[注4Raver JL, Gelfand MJ. Beyond the individual victim: Linking sexual harassment, team processes, and team performance. Acad Manag J. 2005;48(3):387-400. doi:10.5465/AMJ.2005.17407904

[注5Hersch J. Sexual harassment in the workplace. IZA World Labor. 2015;25(09):13-13. doi:10.15185/izawol.188

[注6]角田由紀子, 伊藤和子. 脱セクシュアル・ハラスメント宣言. かもがわ出版; 2021.


《カウンセラー松川のコメント》

余程の無駄飯食い社員でもない限りは退職して、
その後の新規採用による利点はあまりありません。
せいぜい、新人が来る事での職場の活性化くらいでしょう。
その退職もハラスメント被害が原因ならば、
加害者は未だに存在するのでしょうから、
更なる被害者を生む可能性もありますし、
ハラスメントによる職場環境の悪化に伴う
生産性の低下は否めないでしょう。
今般の記事はセクハラに絞った内容ですが、
パワハラやマタハラでも職場に悪影響を及ぼす点では同じです。
数値を出すまでもなく、
ハラスメントが横行している職場に将来性はありません。

2 件のコメント:

  1. ハラスメントから生じる関係性の悪化によるコストという内容の記事の着目点は面白いですが、大切なのはいかにハラスメントにいち早く気が付けるかだと思っています。ハラスメントを受けた人が言い出せずに悩んで病んで働けなくなってしまっては遅いですものね。多くの従業員を抱える企業では、全社員の状況を把握など難しいでしょうけれど、社内を回って見守り、声掛けし、できれば会話し、日ごろから交流ができると雰囲気を感じ取ることができると思うのですけどね。 まぁ、うちのように私自身がいつもおバカなジョークで笑わせてるのも、もしかしたら・・・?気を付けなければ(笑)

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    1. 当然、ハラスメントを防ぎ、ハラスメントを発見出る環境は大切だと思います。
      きっと、この記事で「ハラスメントは無駄ばかり」と感じて貰えれば良いのだと思います。
      「従業員の代わりはいくらでも居る」と考えている経営者や管理職は、まだまだ少なくないですから。

      [ジョークハラスメント]とか[スベりハラスメント]なんて言葉が生み出されませんように(笑)

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