2021年11月15日月曜日

《探る 考える 職場のパワハラ》尊厳奪われ心身限界 相談件数増加 対策が義務化

《探る 考える 職場のパワハラ》
尊厳奪われ心身限界 相談件数増加 対策が義務化

 

2021年11月15日() 6:03 上毛新聞

 

 職場におけるパワーハラスメント(パワハラ)が社会的な問題になっている。20206月施行の改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)で大企業に防止対策が義務付けられ、来年4月からは中小企業も対象になる。パワハラを含むいじめ・嫌がらせの厚生労働省への相談件数は増加傾向にあり、被害を受けた人たちは大きなストレスを抱えながら日々を過ごしている。

 

面談で退職強要

 「嫌がらせの改善と一日も早い職場復帰を何度求めてもかなわず、働く権利を奪われた」。みずほ銀行による解雇は違法だとして解雇無効や未払い賃金、慰謝料など計約3600万円を求める訴訟を東京地裁に起こした元行員の男性は10月、上毛新聞の取材にこう訴えた。

 

 訴状などによると、この男性は関西の支店に勤めていた14年、顧客からの苦情を当時の部長にメールで報告した際に激怒され、パワハラが始まったという。

 

 163月からは計11回、人事部から個室に繰り返し呼び出され、面談で退職を強要されたと主張。「もう出社しなくて結構です。今後は就職活動をしてください」などと言われ、就職活動と平日朝夕の報告を命じられたとしている。

 

 自宅待機からおよそ千日後の1812月、上司や経営陣らに内部通報したが公平な調査はされず、人事部により通報は隠蔽(いんぺい)されたとする。その後、持ち掛けられた金銭での解決や復職に応じないと、立て続けに懲戒処分を受けたという。

 

 男性は「家族ともども恐怖を感じた」と振り返る。5年以上の自宅待機の末、正当な理由のない長期欠勤とされ、今年5月に懲戒解雇の通知を受けた。

 

家族の支え

 “メール事件”の直前まで、男性は銀行内で何度も表彰され高い評価を受けていたという。長期の自宅待機で、仕事人間だった男性の心身は限界を超え、夜中に大声で叫んだり、髪が大量に抜けたりした。黒々としていた髪は真っ白に。今も心療内科への通院を余儀なくされている。

 

 「私たちはパパの味方だよ。諦めずに最後まで信念を貫いて」。自宅待機中、妻や子どもが応援してくれた。体調が悪いと、代わりに妻が直筆の手紙を会社に送った。散歩や買い物にも連れ出してくれた。「家族の支えがあったから、今までやってこれた」と話す。

 

 内部通報後、硬化と軟化を繰り返す会社の豹変(ひょうへん)ぶりに不信感は強まった。「迷惑をかけている家族への申し訳なさで葛藤することはあっても後悔はなかった」とし、「事実を隠す会社のうみを出すには公開しかない。裁判に勝って職場に復帰したい」。そう決意を述べた。

 

 男性の代理人の笹山尚人弁護士は「男性への人事部による面談は異常。5年以上の自宅待機は常識の範囲をはるかに超えている」と指摘。男性がパワハラ防止法の施行後も内部通報をしたのに突然解雇され、謝罪がなかった点に触れ、「悪質な事案で労働者としての尊厳と生活の確保が求められている」などとし、メガバンクにおける法令順守を疑問視した。

 

 みずほ銀行の広報は取材に「係争中につきコメントは差し控えさせていただきます」と回答した。

 

暴言や威圧的態度 官民問わず問題に

 高崎市の40代男性は新卒として就職した県内の特別養護老人ホームで、上司から「(入浴後の利用者を)ほったらかしにするな」などと何度も怒鳴られたと打ち明けた。飲み込むことが困難な利用者であっても、短時間で食事を済ませるようにとの指導があったとする。

 

 上司によるパワハラは入社4カ月ごろから始まったという。「仕事に不慣れで進め方が遅かったかもしれないが、真面目に取り組んでいた。それでも、業務を機械的にこなすことを要求された」と話す。要求はエスカレートし、男性は3年で退職した。

 

 その後は福祉関係の仕事で就職と離職を繰り返し、行く先々で被害を受けたと説明する。うつ病や離婚なども経験したが、9社目の今、ようやく被害を受けずに働けている。「今は仕事が楽しい。生きていてよかった」と笑った。

 

 パワハラは民間企業に限った問題ではない。

 

 部下に文書の書き直しを執拗(しつよう)に指示し威圧的な態度で接したなどとして、太田市消防本部は7月、消防総務課付参事の男性を停職3カ月の懲戒処分とした上で、課長に降任させたと発表。10月には、県警が富岡警察署長による複数の署員への言動を不適切だったと判断し、この男性署長を本部長訓戒の内部処分とするとともに、警務部理事官へ異動させる更迭人事を発表した。

 

【加害者にならないために】職場のハラスメント研究所 金子雅臣所長

 職場でパワハラの加害者にならないために、気を付けるべきことは何か。どのような状況でパワハラは起きやすいのだろうか―。元東京都職員として約20年の労働相談経験があり、一般社団法人職場のハラスメント研究所(東京都)所長で労働ジャーナリストの金子雅臣さんに話を聞いた。

 

 ―加害者にならないために気を付けることは。

 

 ポイントは業務指導などが「適正な範囲」かどうか。業務との関わりを意識し、仕事上の付き合いとして節度を持った言動を心掛けることが大切だ。

 

 ―どのような職場で起きやすいのか。

 

 

 裁判例には、仕事が忙しく献身性を求められる職場が圧倒的に多い。介護や医療などは絶えず相手に寄り添い、滅私奉公的に働く「感情労働」といえる。ブラック企業や体育会系の職場、競争が激しい成果主義の仕事も当てはまる。

 

 マスコミを含め、緊張感があり正確性とスピードの両方が求められるケースも同様だ。中小・零細規模のオーナー企業では特定の人に権力が集中しがち。上意下達型の人間関係になりやすく、部下が拒否しづらいため注意が必要だ。

 

 ―事業主が法律を守らないと、どのような不利益があるのか。

 

 行政指導に従わない場合、事業所名を公表される。今はそれ以上に、被害者らがSNS(会員制交流サイト)で録画や音声を公表する方が影響は大きい。企業の評価やイメージ低下につながるからだ。

 

 ―新型コロナウイルスの流行によるパワハラへの影響は。

 

 メリットとデメリットの両方がある。メリットは企業の拘束力が緩くなって仕事の進め方が自由になったり、生き方を考え直す時間が生まれたりしたこと。デメリットは必要以上のオンライン会議や連絡など、度を越えればパワハラになるコロナ下ならではの問題も生まれている点だ。厚生労働省がテレワークガイドラインを公表している。参考にしてほしい。

 

 ―パワハラに泣き寝入りが多いのはなぜか。

 

 定義ができても判断が難しいためだ。部下が上司に怒られる場合、第三者には原因や程度が分からないこともある。確実に裁判になるのはうつと自殺だけ。工事現場などで命の危険が差し迫った場合は、言動が多少きつくても業務上必要なら許される。

 

嫌がらせで損失年1.4

 ハラスメントによるストレスの影響と経済的損失について、コンサルティング会社のピースマインド(東京都)が九州大の馬奈木俊介教授と試算したところ、パワハラを含めて職場でいじめに遭っていると回答した男性労働者1人当たりの年間損失額は平均17万円程度で、最大40万円となることが明らかになった。

 

 同社が企業向けに提供した2019年度のストレスチェックで、自身が職場でいじめに遭っているかを尋ねる設問に答えた28万件のデータを分析した。ストレスと年収の相関関係から、金額を算出した。国の労働力調査によると、19年の全国の正社員・正職員数は約3500万人。分析結果を踏まえて全国規模で考えると、年間でおよそ14000億円の経済的損失が国内で生じているとも試算できるという。

 

◎防止策 中小企業にも

 中小企業でのパワーハラスメント(パワハラ)防止対策の義務化まで5カ月を切った。大企業では先行して20206月に義務化されたが、来年4月以降は会社の規模にかかわらず、事業主は対策を講じなければならない。誰もが働きやすい職場環境づくりがより一層求められ、厚生労働省は理解促進に力を入れる。

 

身守るには記録し相談 法律事務所コスモス 松井隆司弁護士

 パワハラが起きる原因や被害者の救済方法などについて、法律事務所コスモス(前橋市)の松井隆司弁護士(36)に聞いた。

 

 ―パワハラはなぜ起こるのか。

 

 感情的になるからではないか。想定されるケースは幾つもあり得るが、仕事の要求水準を満たせない部下に上司が不満を持ち、言動が行き過ぎたり、優秀な部下でも上司に意見を主張して嫌われ、被害を受けたりするケースが考えられる。正論でも、人は反対や否定をされると良い気持ちはしない。そこから関係が崩れることがある。

 

 ―どのような状況で起こりやすいのか。

 

 部下の問題行動やミスを指導するときに起こりやすいのではないか。新人や異動後で仕事に不慣れな場合や、部下のストレス耐性が低かったり精神疾患を抱えていたりする場合は特に配慮が必要。上司から部下への指導方法に問題がある場合もある。例えば、よく忘れ物をする人に、ただ「気を付けろ」と繰り返すだけでは効果はあまりない。メモを取らせるなど行動を変えて、忘れ物をしない具体的な対策を考えることが大切だ。

 

 ―被害者の救済には、どのような方法があるか。

 

 パワハラは暴行などの肉体的な被害よりも、言動から精神的な苦痛を負わせるケースが多い。その場合、裁判では不法行為など民法の規定を基に損害賠償を請求することになる。請求が認められるかどうかは、言動の目的や頻度、経緯や状況、業務の内容・性質などで総合的に判断される。

 

 ―被害者が泣き寝入りしないためには。

 

 自分の身を守るには、録音やメールといった記録を残すことが重要だ。裁判になった場合でも、客観証拠が動かぬ事実となる。パワハラかと思ったら、早めに誰かに相談してほしい。事態が悪化すると精神疾患を発症したり、最悪の場合は自殺に至る。事業所の相談窓口が機能しなければ、弁護士会や労働局といった外部を頼る方法もある。

 

 ―管理者の注意点は。

 

 ミスをした部下を指導するとき、最初から部下のせいだと決め付けず、公平な観点から事実関係を把握することだ。言動の度が過ぎないよう場合によっては事前に上司が部下に録音を提案したり、両者にとって中立的な立場の人が指導の場に同席することを勧める。

 

 

 自分と知識や経験が違う部下を比べたり、できないことを責めないことも重要だ。どうしたらできるようになるか、何ができるのかを考えるのが上司の仕事。的確な指導ができない上司に責任がある場合もある。部下がいる人は、パワハラの典型例を学び、指導法を十分に検討してほしい。

 

初のパワハラ定義 法改正で3要素明示

 職場におけるパワハラについて、20206月に施行された改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)は、事業主に相談体制の整備など防止対策を取るよう初めて法律で義務付けた。

 

 厚生労働省は、パワハラを(1)優越的な関係を背景とした言動(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えている(3)労働者の就業環境が害される3要素全てを満たすものとする。(1)は上司から部下のケースに限らず、例えば同僚や部下からでも知識や経験に差があり、円滑な業務に支障が出る場合や、拒否することが難しい部下や同僚からの集団行為も含まれる。(2)は被害を受けた経緯や状況、頻度などで総合的に判断される。

 

 厚労省は具体的なパワハラの種類として、(1)身体的な攻撃(2)精神的な攻撃(3)人間関係からの切り離し(4)過大な要求(5)過小な要求(6)個の侵害6類型を提示する。ハラスメント対策のために設けたインターネットの総合サイト「あかるい職場応援団」で事例や対策を公開し、防止を呼び掛けている。

 

 サイト内では、業務上の指導に関する注意点を解説。(1)仕事を進める上で問題となる具体的な行動や内容に焦点を絞る(2)感情的にならない(3)人格や性格を否定しない(4)どのように改善すべきかを伝える(5)部下にどのように伝わったかを確認するなどを心掛け、周囲がパワハラに気付いたら見て見ぬふりをしないことも大切だとする。

 

 前橋市内で製造業を営む中小企業の役員は、管理職に行き過ぎた指導をしないよう呼び掛けたり、労務担当者を群馬労働局のセミナーに参加させたりしているが、「従業員の勤務形態がシフト制で予定を調整しづらいこともあり、全社的な対策はまだ」と話す。

 

 来年4月からの対策義務化に向け、今後は「全員が集まる月に一度の業務報告会で周知文書を配ったりして注意喚起したい」とした。

 

 同局によると、民事上の個別労働紛争に関する相談のうち、県内における20年度の「いじめ・嫌がらせ」の相談件数は1473件で、全体に占める割合が11年連続で最も高くなっている。

 

 同局は企業の担当者向けに対策のポイントなどを説明するセミナーを開催。新型コロナウイルス感染拡大を受け、本年度からオンラインで実施している。事業主からは社内研修の開き方や従業員からの相談への対応方法、就業規則への罰則の盛り込み方についての個別相談が多いという。こうした相談には関係法令の内容を説明したり、研修用資料を提供したりしている。

 

 一方、同局は従業員からの個別相談に関し、まずは事業主への相談を勧めている。従業員の相談に乗らないなどパワハラ防止法に違反した場合の罰則はないが、厚労省の助言や勧告、指導の対象となることもある。

 

勤務先のハラスメント被害 パワハラが8

 仕事に関する調査・研究を手掛けるライボ(東京都)が6月に実施した2060代へのアンケートで、勤務先でハラスメント被害を受けたと回答した人の79.7%がパワハラを挙げたことが分かった。

 

 被害の具体的な内容を複数回答で尋ねると、「個人や能力を否定する」が57.2%、「第三者がいる前での罵倒」が46.8%、「役職や地位を振りかざすような言動」が43.9%となるなどパワハラ関連が上位を占めた。

 

 勤務先がパワハラ対策を「全くしていない」と答えた人は約4割で、「不十分」とした人も合わせると9割を超えた。

 

 ライボは「従業員が被害を相談できる環境や対策が整っていないことが分かった」と指摘する。

 

 アンケートは、パワハラ防止対策の義務化を盛り込んだ改正労働施策総合推進法の施行から1年を機に実施した。従業員20人以上の会社に勤める同社の顧客から無作為で対象者を抽出し、メールを送信。1週間後までに374人から回答を得た。

 

 出張をしないと仕事を他の人に任せるなど、新型コロナウイルス感染拡大を背景とした差別的発言や嫌がらせの回答もあったとし、「(今後は)対策が進みハラスメントが減ることを期待し、調査を定期的に実施する」という。

 

【視点】自分ごとと考え 対策を

 スマートフォンの普及で、誰もが録音や動画といった客観証拠を残し、会員制交流サイト(SNS)などで発信できる時代になった。それでも、パワハラは泣き寝入りが圧倒的に多いとされる。

 

 定義ができても判断が難しい場合があることなどが理由として挙げられ、表面化しないケースは少なくないという。新型コロナウイルス感染拡大に伴う企業の求人減を背景に、被害を受けながらも生活を優先し、告発や転職をためらう人もいるだろう。

 

 コロナ下で、オンラインによるやりとりが増えた。不慣れなツールを使う上に、対面とは異なる環境でうまく意思疎通できないいらだちが募り、上司から部下へ、あるいは同僚の間で行き過ぎた言動が生じることも想定される。

 

 職場のハラスメント研究所の金子雅臣所長は、勤務時間を減らしてでも働く意味や生き方を考え直す時間をつくることが、心の余裕につながると話していた。

 

 パワハラをなくし、誰もが働きやすい職場環境を整えるため、労働者も雇用する側もまずは事例と対策を学ぶことが大切だ。怒りの感情を制御する「アンガーマネジメント」のスキルを身に付けることも予防策の一つだろう。目をそらさず、自分ごととして考えたい。


《カウンセラー松川のコメント》

拙ブログ等を御覧の方ならば、既に御存知の内容も多々有りますが、
実際に御存知の方はまだまだ少数でしょう。
この様にマスコミも啓発や周知をしてくださると効果的ですね。

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